私は人生で一番大好きだった人と結婚することはなかった。

失恋に苦しむすべての人と過去の私へ、失恋供養です。

2-2「開店前攻防戦」

ショッピングモールと数々の複合施設が集まったアミューズメントパーク、その巨大なショッピングモールの中のひときわ大きな一角に、その店はある。

 

「おはよう茜ちゃん」

 

「友里さん、おはようございます。」

「なんか顔色悪いけど大丈夫?寝不足?」

「大丈夫ですよ、昨日は少し寝るのが遅かったから…」

 

友里さんは10歳以上も年の離れた先輩で圧倒的な美貌と気さくさでこの店のマドンナだった。物静かで周りをよく見ている人で、私たち後輩の社員やアルバイトにいたるまでそのフォローの目は届く。

鋭い友里さんの指摘に茜はうろたえもせず答えた。

 

「そう…」

こんな時は、友里さんも深入りはせず引いてくれる。大丈夫、ここではいつも通りの私でいられる。

大丈夫、大丈夫、いつも通りやればいいだけ。

 

各々身支度を済ませて控室の一角に集まる、

7:14-

 

「みんなー、あと1分!」

「はーい」

1分ごとの勤怠管理は毎日気が抜けない。出勤時刻直前になると一斉に全員で出勤ボタンを押すために構えるのが恒例だった。

 

店の朝は清掃から始まる。全員でみっちりと巨大な売り場の隅々まで清掃してまわる。各自はそれぞれ割り当てられたポジションで場所ごとに異なる清掃をこなしていく。天井、商品、棚、床、鏡、フィッティングルーム、控室、ありとあらゆる場所の掃除も終盤に差し掛かるころ新作の商品が大量に届いた。今週末に控えている季節商品の入れ替えは、店にモノを出すための仕込みを行う必要がある。商品を確認し、店頭に並べられる形に仕込んでゆく。大変な作業だが、手を動かすだけで良いということが茜には丁度よかった。

日々のやり慣れた仕事はぽっかりとあいた心の穴を埋めるのにちょうど良い。手を動かしていれば、慎太郎の事を考えなくて済んだ。そのことが何よりありがたい。

 

『ほら!今日は昼から新しいバイト来るから!まいて!今日の仕事全部まいて!』

 

全員で共有しているインカムに店長の檄が飛ぶ。

もちろん、そんなことは不可能だとスタッフ全員が思う。しかしここは戦場、無慈悲に進む時間、終わらない開店準備、気が付けば開店時間まで1時間を切ろうとしている。店長の指示通り全員が作業ペースをあげる。

 

「友里さん!量が多すぎる!夏物で薄いからって1箱の量が馬鹿みたい…詰めすぎですよこれ…」

「そうね、私もこんなに品出しして誰が買うのかと真剣に考える時があるわ…」

「私、昨日入れで仕込んだ分で終わりかと思ってました…このお店なめてました。」

最近アルバイトで入った泉ちゃんが青ざめながらそう呟くのがおかしくて、茜は友里さんと顔を見合わせて笑った。

 

笑える、私、笑えてる。

昨日の慎太郎との事、その全てがまるで嘘だったように茜は仕事をした。

人と話し笑い、手を動かした。頭の中から嫌な事、現実を追い出すことに全てを注いだ。

 

『茜!メンズの棚整理のほうにヘルプ回れ、手が足りん!』

『店長、あと5分後で行きます。』

『了解』

 

こんなことは日常茶飯事だ、各々のポジションは予めスタッフリーダーによってきめられているが、当日の状況、各チーム、ポジションの進み具合なんかを店長やリーダーが把握しバランスを取って人員を調整する。皆がフロアを慌ただしく駆け回り、1つの店を起動させていく。

 

『もたもたすんな茜!』

友里さんとも、店長やスタッフリーダーたちとも違う、茜をイラつかせる声がインカムに響く。

その男のはこれから茜がヘルプに向かうメンズ棚の担当の人物。

 

『はぁぁぁぁぁ!?』

 

「あ、茜ちゃんやばいやばい、それマイク入ってる」

その耳障りで聞きなれた軽口に、茜は思わず全員が共有するマイクに声をのせた。

 

「あ…、」

『茜、犬飼!インカムでいちゃいちゃすんな!』

すかさず店長の怒号が響く。

 

 

「してませんってば!!!」

今度はマイクのスイッチを切り、そう叫びながら茜はメンズコーナーへ走る。

 

開店まであと15分、店舗前のエスカレーターがゆっくりと動きはじめていた。

 

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