私は人生で一番大好きだった人と結婚することはなかった。

失恋に苦しむすべての人と過去の私へ、失恋供養です。

「私は人生で一番大好きだった人と結婚することはなかった。」

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「私は人生で一番大好きだった人と結婚することはなかった。」を開設しました。

青山あきといいます。

 女性 会社員です。年齢は内緒です。

 

タイトルの通り、私は人生で一番好きだった人と結婚することはありませんでした。

この身を焼き尽くすように恋をして、そして失ってしまった恋でしたが

その恋で得たもの、救われたことも今になって振り返ればたくさんありました。

恋する人、失恋に苦しむすべての人たち、

そして何より過去の私へ届きますように。

そんな少し独りよがりな想いで書き始めます。

よろしくお願いします。

 

■1話、また各章から読まれる方は下記のリンクからどうぞ

1章 さよならの始まり 「1-1 プロローグ」

2章 透明人間 「2-1 1日目」

 

*********

・小説のように仕立てています。 

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2-4「深海の燐光をみつめて」

夜が怖いと、こんなにも思ったことがあっただろうか。

 

振られたことが嘘のように一日が回り、そして夜がやってきた。

昨日の今頃は雷に打たれたような衝撃で思考もままならず、

涙と鼻水にまみれた自分をなんとか維持することにすべてを注いでいたのに。

 

寝るための支度を済ませた茜がベットの端に浅く腰かけて一息つくと、目の奥がチカチカと弾ける。

「え?」

咄嗟に出た声と同時に今度は頭がグラッして、鈍い痛みがこめかみに響く。

ああ、片頭痛だ。そう思って横になると今度は少し息も苦しい。

あ、ダメだな。このままじゃ過呼吸になる―

そんな考えが頭によぎり、すかさず深呼吸をした。

なんとか呼吸を整え、あとはそっと横たわる自分の身体を布団の中に潜り込ませる。

寝るだけ、そう、寝ることだけを考えていれば大丈夫。横に身体を傾け、お腹を守るように膝を軽く曲げるだけでひどく落ち着く。気付くと両方の腕は自分を抱きしめていた。

 

慎太郎に会いたい。

こんなになってしまっても彼をひたすらに求める自分が情けなかったが本心だった。気持ちのコントロールがまるで効かない。みっともないと思うのに頭で考える彼の全てが愛しい。

 

 

大丈夫、大丈夫、心配ない、私は大丈夫。

 

声にならない声を自分の心と頭の中に響かせる。

どうあがいても、余計な事を考えてしまう一人の夜に出来ることは、「大丈夫」と自分自身に暗示をかけ続けることだけ。

昔、小学生の頃に読んでいた少女漫画の主人公がそうだったな。普段自信満々の彼女は誰にも気づかれないように「私は大丈夫。私は出来る。」と自己暗示をかけていたことを思い出した。

 

「でもこのままじゃ…」

 

自分が壊れるかもしれない。そう思ったとき、ふっと脳裏に浮かぶ何人かの顔があった。

決して友人は多くない茜だったがこんな時、こんな自分を受け入れてくれるかもしれないと思い出す人たちがいる。それは今の茜にとって粉々に崩れ去った自己肯定感を少し取り戻させてくれる唯一の存在。最後の砦。

 

惨めさや悲しみといった感情をこれ以上ないほど抱えている時、茜は自分の弱さを人に開示するのがとても苦手だ。自分の中で溜め込み、抱えて、ゆっくりと処理するほうが合理的で、結局のところ一番効率的だというこれまでの経験からわかっていた。

しかし、今回はその限りでないことも分かっていた。

 

先ほどからひっきりなしに頬に滴り落ちてくる涙をパジャマで拭いながらLINEを開く。もちろん一番上に表示されるのは「慎太郎」とのトークルーム。スライドさせて削除してやろうとも考えたが、まだそこまでの勇気はない。開きそうな気持を抑えてスクロールする。

 

先ほど浮かんできた友人たちの名前を見ると不思議と画面が涙で滲んで見えずらい。

画面に表示される無機質な文字盤が深夜1時を告げる。

 

「潔子…」

 

一番に顔が浮かんだその人物のトークルームにお気に入りのうさぎのスタンプを1つ送った。どうしても、どうしても、文章にすることのできなかった気持ちをのせて。

 

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2-3「生きる」

怒涛の一日が終わり、茜は休憩室のパイプ椅子に腰かけていた。

体に身に着けた仕事道具をほどきながら一日の終わりを噛みしめる。

 

「はー、終わった」

 

うつろな目の端に捉えた男がこちらに歩み寄ってくるのが見える。

 

「お疲れ~っす」

「うざい」

犬飼の浮ついた声にすかさず茜は反応した。

 

「いやいや、お前俺の事嫌いすぎ。」

「よく分かってるじゃん。」

「茜ちゃんはいつまでたってもつれない」

「うるさい」

 シクシクと泣くようなジェスチャーをとる犬飼を無視して、茜は退勤処理を済ませる。

 

「てか、今日茜元気なかったね。」

突然の言葉に少し油断した茜は、犬飼の言葉へ反応することが出来なかった。

友里さんといい犬飼といい、個々の人たちは他人をよく見ている。

いつも通りの振る舞いだけではいつも通りを補えないほど、私が壊れていることを実感する。

 

「もうね、超元気ないの私。」

「え、うそ、俺のハグ必要なやつじゃない?」

 茜から出た言葉は正直な気持ち。普段は喧嘩ばかりの2人であるが、茜にとって犬飼は貴重な同期であり店舗の中で唯一気を許して話の出来る相手でもある。飾らず、弱音を弱音としてぶつけられる相手がいる事に少しほっとしながら、隙を見せればいちゃつこうとしてくる変わらぬ犬飼のスタンスに少し笑みがこぼれた。

 

「ふふ、ほんと懲りないな」

「ま、茜の事大好きだし?」

「はい、はい、ありがと」

 

*****

 すっかり日の暮れた空に、観覧車のイルミネーションが眩しいくらに映える。

「やっと一日終わった…」

そう独り言をつぶやきながら帰路につく。

 

今日を無事に乗り越えたことは茜にとって誇らしかった。

いくら仕事に没頭していたとはいえ、ふとした事で心が苦しくなる場面がたくさんあった。

 

先輩が旦那さんの話をしていると自分はもう結婚できないのだと、私があんなに結婚したかった人はもういないのだと我に返った。

目の前でカップルや若い夫婦が買い物を楽しんでいると、無意識に慎太郎との多くのデートと重ねて胸が刺されたように痛んだ。

慎太郎と似ている人を見つけて、心臓を握りつぶされたように動けなくなった。

 

もう自分の手に戻らない幸せが世の中に溢れかえっているのに、取りこぼしてしまった自分自身が憎くてたまらない。いるはずのない慎太郎をいつも視界のどこかで探しては、別れた現実を頭から引っ張り出して心を矯正していく作業を無限に繰り返している。

 

 

私、いままでどうやって生きてたんだろうな。

 

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2-2「開店前攻防戦」

ショッピングモールと数々の複合施設が集まったアミューズメントパーク、その巨大なショッピングモールの中のひときわ大きな一角に、その店はある。

 

「おはよう茜ちゃん」

 

「友里さん、おはようございます。」

「なんか顔色悪いけど大丈夫?寝不足?」

「大丈夫ですよ、昨日は少し寝るのが遅かったから…」

 

友里さんは10歳以上も年の離れた先輩で圧倒的な美貌と気さくさでこの店のマドンナだった。物静かで周りをよく見ている人で、私たち後輩の社員やアルバイトにいたるまでそのフォローの目は届く。

鋭い友里さんの指摘に茜はうろたえもせず答えた。

 

「そう…」

こんな時は、友里さんも深入りはせず引いてくれる。大丈夫、ここではいつも通りの私でいられる。

大丈夫、大丈夫、いつも通りやればいいだけ。

 

各々身支度を済ませて控室の一角に集まる、

7:14-

 

「みんなー、あと1分!」

「はーい」

1分ごとの勤怠管理は毎日気が抜けない。出勤時刻直前になると一斉に全員で出勤ボタンを押すために構えるのが恒例だった。

 

店の朝は清掃から始まる。全員でみっちりと巨大な売り場の隅々まで清掃してまわる。各自はそれぞれ割り当てられたポジションで場所ごとに異なる清掃をこなしていく。天井、商品、棚、床、鏡、フィッティングルーム、控室、ありとあらゆる場所の掃除も終盤に差し掛かるころ新作の商品が大量に届いた。今週末に控えている季節商品の入れ替えは、店にモノを出すための仕込みを行う必要がある。商品を確認し、店頭に並べられる形に仕込んでゆく。大変な作業だが、手を動かすだけで良いということが茜には丁度よかった。

日々のやり慣れた仕事はぽっかりとあいた心の穴を埋めるのにちょうど良い。手を動かしていれば、慎太郎の事を考えなくて済んだ。そのことが何よりありがたい。

 

『ほら!今日は昼から新しいバイト来るから!まいて!今日の仕事全部まいて!』

 

全員で共有しているインカムに店長の檄が飛ぶ。

もちろん、そんなことは不可能だとスタッフ全員が思う。しかしここは戦場、無慈悲に進む時間、終わらない開店準備、気が付けば開店時間まで1時間を切ろうとしている。店長の指示通り全員が作業ペースをあげる。

 

「友里さん!量が多すぎる!夏物で薄いからって1箱の量が馬鹿みたい…詰めすぎですよこれ…」

「そうね、私もこんなに品出しして誰が買うのかと真剣に考える時があるわ…」

「私、昨日入れで仕込んだ分で終わりかと思ってました…このお店なめてました。」

最近アルバイトで入った泉ちゃんが青ざめながらそう呟くのがおかしくて、茜は友里さんと顔を見合わせて笑った。

 

笑える、私、笑えてる。

昨日の慎太郎との事、その全てがまるで嘘だったように茜は仕事をした。

人と話し笑い、手を動かした。頭の中から嫌な事、現実を追い出すことに全てを注いだ。

 

『茜!メンズの棚整理のほうにヘルプ回れ、手が足りん!』

『店長、あと5分後で行きます。』

『了解』

 

こんなことは日常茶飯事だ、各々のポジションは予めスタッフリーダーによってきめられているが、当日の状況、各チーム、ポジションの進み具合なんかを店長やリーダーが把握しバランスを取って人員を調整する。皆がフロアを慌ただしく駆け回り、1つの店を起動させていく。

 

『もたもたすんな茜!』

友里さんとも、店長やスタッフリーダーたちとも違う、茜をイラつかせる声がインカムに響く。

その男のはこれから茜がヘルプに向かうメンズ棚の担当の人物。

 

『はぁぁぁぁぁ!?』

 

「あ、茜ちゃんやばいやばい、それマイク入ってる」

その耳障りで聞きなれた軽口に、茜は思わず全員が共有するマイクに声をのせた。

 

「あ…、」

『茜、犬飼!インカムでいちゃいちゃすんな!』

すかさず店長の怒号が響く。

 

 

「してませんってば!!!」

今度はマイクのスイッチを切り、そう叫びながら茜はメンズコーナーへ走る。

 

開店まであと15分、店舗前のエスカレーターがゆっくりと動きはじめていた。

 

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2-1「1日目」

恋をすると世界は輝く。

 

目覚めた時にこの世界に満ちている空気、鳥のさえずり、いつもと同じ道や太陽の光、すべてがみずみずしく新鮮で今までとは違う輝きを放つ。

 

それは恋を失っても同じ

 

いつもと変わらぬ自宅、玄関のドア、早朝のひんやりとした空気と外に出て目に入る空の色、何一つ昨日のそれと変わらないのに重い孤独感が茜にのしかかる。目に見えない漠然とした不安と窒息しそうなほどの息苦しさをひたすらに感じながらそれでもいつもの道を歩き出す。

 

何気ない顔でたくさんの人が作る駅のホームの列に加わる。

世界はなんて無意味なんだろうと感じることしかできなかった。そう感じては心に空いた黒い穴に心臓が吸い込まれるようなキュッとした感覚に襲われる。

 

慎太郎はもう私の人生にはいないのだ。彼の彼女じゃない私という現実を反芻しては、目の前がブラックアウトしそうである。それなのに世界は、何も変わることがない、いつものように朝と昼を入れ替えながら人々の営みは滞りなく回っていく。そして彼の人生も私という存在を切り離したままでこの先の長い時間を進んでいくのだ。それだけが今目の前に横たわる事実であり、何よりも残酷な現実。

 

こんなに自分が世界にとってちっぽけで取るに足らない存在なんだと実感したのは、初めてのことだった。

 

「もっと泣きつけばよかった?」

「会ってほしいとせがむべきたった?」

「みっともなくあがいて、あがいて、別れなんか受け入れてやらなければよかった?」

 

今となっては何が正解でどうすれば良かったのかなんて分からない。自分にとっても、慎太郎にとっても。

 

 

店の控室のドアを開けるといつもと変わらない顔ぶれが揃う、茜の勤める店の早番はこの大きなショッピングセンターの中で一番だ。ほかの店舗が開店準備を始め出す2時間も前に出勤しなければいけない。まだ薄暗い街を抜けて早番のシフトの人々が集まってくる。

 

どんなに理不尽なことがあっても、彼氏に振られても、すべてが無意味だと思っても、

それでも世界が正しく、昨日と同じように回っていることがいつもの自分を表面に張り付けて、何事もなかったように自分を取り繕うことを可能にするのかもしれないとその時ふと思った。

皮肉にも変わらぬ毎日に少しだけ救われた気もする。

 

その日茜は、いつもより少し大きな声で1日目を始めることにした。

 

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1-7「velvet glove」

「―はい…もしもし」

 

仕事を終えた慎太郎から2度目の連絡。今度は受話器を取っただけで涙がこぼれたが、そのまま垂れ流すことに決めていた。涙のせいで言葉に詰まる事はあってもそれで会話を止めるわけにはいかないのだ、泣いている場合ではない、この電話で私はきちんと振られなければいけない。そう決めた。気持ちの整理がついているわけでも、別れを受け入れたわけでもない。それでもただ泣きじゃくり惨めな終わりにはしたくなかった。それが茜の心にわずかに残ったプライド。

 

慎太郎の主張は変わる事はなく。

「茜のことは好きだけど、別れたい。」それだけ。

もちろん彼の”好き”には茜と同じ意味がない事は明白だったが、その言葉の響きは茜の後ろ髪をあまりにも強く手繰り寄せる。

 

今私に突き立てている以外の見えない選択肢を一緒に探して欲しい。そう彼に迫ったがついに慎太郎が折れる事はなかった。

 

「分かった…」

小さく茜が言葉をこぼす。

 

自分の要求を、慎太郎の首元に突き刺すことばかり考えていた茜は気づかなかった。

慎太郎が泣いていたのである。

 

「ごめん、茜。」

「なんで…」

「お前の事、大事だから」

「やめて…やめて、そんなこと言わないで、そんなの…」

 

私のこと大事なんでしょ、戻って来て、

怒らないから嘘だと言って、何もなかったことにして早く次のデートの予定を2人で考えよう。

 

「そんなの、ずるい…」

 

 

 ねえ、普段なら絶対泣かない、あなたが泣いた日の事を覚えている。だってそんなの1度しか無かったから。あの日も今日と同じような夏の日。付き合えと迫るあなたになかなか首を縦に振らなかった私が、初めて首を縦に振った時。あなたは崩れ落ちて瞳に涙をためていた。きっと覚えてないだろうけど―

 

「分かった…慎太郎、別れよう」

 

私を傷つけることを選んだあなたに、それでもなお私の最愛のあなたに贈る最後の言葉。

これまでの人生で発したどの言葉よりも痛く、全身が引き裂かれる気がした。

 

 

 

「今まで、―ありがとう」

 

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1-6「この涙の訳をあなたは教えてくれない」

辺りがいつのまにか暗くなっている。

あれから、しばらく時間が経ったのかそれとも数時間こうしているのか分からない。時間の感覚が分からなくなるほど、鈍い痛みがずっと身体に刺さっているようだった。そして、頭の中が空っぽになったように何も考える事が出来ない。

ふと顔をあげると不細工な顔がこちらを見ている。クローゼットの内鏡に映る姿は赤く、腫れぼったい目と鼻を中心にして見事に崩れている。

 

「ふふ、ほんとに不細工、」

 

座り込んでいた窓際から場所を移し、ベッドの上へ。少しひんやりとしたシーツの感触を足に感じるのが少し気持ちい。くしゃくしゃになったブランケットを引き寄せて抱きしめ「もう、いい…」そう呟きながら枕に頭を落とした。

 

「もう、疲れた。」

 

恋とか、愛とか難しいことは分からないけれど、これまでの人生の中でそれなりにいくつもの恋愛を経験してきた。誰かに振られたこともあった。振って人を傷つけたこともあった。ずるい恋をして遊んだことも、叶わず消えていった恋もあった。自信もあった。

その中のどれでもない、どれとも当てはまらない新しい感情は、はけ口の見つからない憎悪と自分の哀れさと、途方もない喪失感を濃縮したような絶望の色をしていた。

 

空っぽのはずの前頭葉に、慎太郎の顔が張り付いている。

「そう思っても私は慎太郎でいっぱいなのね。」

 

初めて出会った日、少し遅い桜の花びらが舞うあの春の日に私のことを見下ろす慎太郎の顔が、これまでの4年間の中で一番鮮明に浮かんだ。

 

「これじゃ、救いようがない…」

 

―顔も見たくないのに

 

緩む口元、それを見逃さないと緩みに乗じて溢れた涙が頬を伝った。何度目かも分からない涙は一度出始めると堰を切ったようにとめどなくあふれ出てしまう。声をあげて泣くのも流れる涙をぬぐうのも疲れたころ、再び茜の携帯は小さく振動した。

 

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1-5「2人の鎖」

「うん…」

 

慎太郎の返事にもはや意味はなかった。それでも受け入れがたい現実へ必死にあがき続けることが、この時茜に残された唯一のことだった。

 

「でも、そんな急に理由もなく受け入れられない。」

 

茜の言い分はまっとうだ。仮にも4年以上付き合ってきた彼女に理由もなく別れを突き付ける残酷さを慎太郎が理解していないはずはない。

「嫌いじゃないなら、距離を置くことだって出来る、それから考えるのはだめなの?」

続く慎太郎の沈黙に茜は一筋の希望を託した。

 

「茜のこと、嫌いになったわけじゃない。けど、もう。」

「だから、なんで…」

「ごめん、…うまく説明できない。」

 

無意味だった。何もかもが。

 

もう、この人は決めているのだと、私が何を言っても別れることを決めているのだと、その時茜は悟った。それでも茜は慎太郎を諦められなかった。理屈ではなく、慎太郎と別れる。それだけは絶対に避けなければならないと全身が叫んでいる。

 

嫌だ、何で、どうして、何がダメだった? 私何かした?

嫌、好きなのに、大好き、好き、嫌、お願い、

 

ぺたりと足を崩し座りこんでいるフローリングが冷たい。涙が止まらなかった。もういつから出ているのかもわからない大量の涙は途切れることなく両方の目からあふれ続けている。涙は次第に鼻をつまらせて鼻水と嗚咽を誘う。拭うこともままならない状態で慎太郎と茜の押し問答は続く。

 

「慎太郎、納得できないってことは理解してくれる?」

「うん、わかるよ。ごめんな」

「やっぱり考えてほしい。どうにか、」

 

「…ごめん、茜、俺もう行かないと。また、午後が終わったらかけるな。」

そう切り出した慎太郎の口調は、だだをこねる子供をあやすかのように優しい。

それが余計に虚しさを感じさせた。

「分かった。待ってる。」

 

研修医の身である慎太郎の休憩時間は短い。決着のつかない2人の話し合いは夜へと持ち越されることとなる。電話を置いた後に残ったこれまで感じた事のない感情。

 

その日茜は、慎太郎に振られた。

 

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